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すっとこどっこい

あることないこと

はじめてのヒトのこと

はじめてのヒト、というのは特別なもので、
どれだけ時間が過ぎても、
どれだけ他のものを愛そうとも、
ずっと心の神棚に置かれているものです。
それがたとえ待ち合わせの一時間後に「起きた」とメールがきて、
更に一時間後に何事もなかったかのような顔をして登場したり、
女の子とお酒を飲めるお店へ行っていたことを別段私は気にしないのに、青い顔をして自白したりするような人でも、です(※この例えはフィクションです。実際の人物・団体・事件とは関係ありません)

『はじめてのヒト』だなんて意味深な言い回しをしましたが、そんなR-18Gな話をする予定はございません。
今回お話をする『はじめてのヒト』は、
ひとりのキャラクタのことです。


彼と初めて出会ったのは、……高校?大学入った頃?かな。
随分ふわふわした始まりになってしまいました。
早速話は逸れますが、私は近距離武器専門です。
実際にぶん殴らないと×った気がしないじゃないですか。
一方父はスナイパーライフルとかミサイルランチャーといった遠距離武器しか使わない人間でして、
協力プレイなんてしたらショットガンで特攻した私ごと爆風で吹っ飛ばすといった有様です。
あんなちまちま遠くから攻撃して何が楽しいんだか。
別に私は地球を守る軍隊の話をしたいんじゃなくて、
なにが言いたいかというと私は近距離型を好もしく思っているということです。
私のはじめてを全て奪った彼は近距離型でもましてや遠距離型でもなく、罠を張る系でした。
もちろん初めはそんなもの見向きもしませんでした。
訳わからんくらい扱いづらい上攻撃力も低い彼をレベル上限まで使いまくったのは全く愛のなせる業です。
ポケモンですらレベル上限まで育てたことないのに、
いつのまにか上限(200)まで育ってました。
選択画面で隣のキャラなんてレベル1なのに。
ちょっと気持ち悪いですね。

初めてあまぞんで新品の本を買ったのも彼の為です。
だって、だって表紙だったんだもの。
でも本屋で買うのは恥ずかしいし…
初めてファ○通を買ったのは彼が新しいゲームに登場することが発表された号でした。
1頁というか、半頁の為に買いました。
もう、その背中は完全にエロ本を初めて買う男子高校生です。
実際その二冊は後生大事に箱に詰めてベッドの下に隠してあります。

万引きに間違えられそうな挙動不審さで買ったブラインド商品(全40種)で、彼を一発で当てた時はもう、もう、額縁を買いました。
飾れないけど。
一人暮らしをしたら隠れキリシタンのようにクローゼットの壁に飾ろう。

初めて真面目にクレーンゲームをしたのは、彼への想いも冷めた数年後、
たまたま可愛いデフォルメ人形を見つけたからです。
これも飾ろう。
構想の時点でどんどん人を呼べない部屋になっているぞ。
でも私の持っているグッズらしいグッズはこのふたつだけです。
そのコンテンツはグッズ展開がド下手なようで、
あんな原色バリバリ・使いまわし立ち絵ドーン!の商品を誰が買うんでしょうか。

 

そんなはじめてを全て奪った彼でも奪えなかったはじめては、
ミュージカルとBLです。
ミュージカルで彼は主人公だったそうでグラグラ揺れたのですが、結局行きませんでした。
風の噂では、彼は死んだそうです。

残念ながらBLにも適応できませんでした。
「慣れちゃえば楽しいよ!」(知人談)らしいし、
ぶっちゃけ二次創作なんてそういうのしかないのだから、早く楽になっちまえと思うのですが、
どうも好きではありませんで…
検索除けを使うとヒットがぐっと減ります。
4割くらいになります。
それらふたつは今後も楽しむことはないだろうなと思います。

 

私の心が彼から離れてしまった理由はふたつ。
ひとつは私が古いゲーム機しか持っていなかったこと。
さすがにそれだけの為にハードを買う財力と勇気はなかった。
それに、私の自室にはテレビがありません。
居間のチャンネル権は父が握っています。
据え置きゲームをするには難度が高い環境でした。

もうひとつは公式の冷遇です。
人気投票一位とはいいませんが、当時は上位に食い込んでいたと思います。
私が好きなキャラにしては珍しく。
しかしそのゲームは新しいタイトル毎に新しいコンビ?ライバル?2人一組のキャラを投入するのが慣習となっているようで、
トコロテン式に下へ下へ押しのけられるようになってしましました。
そして最新タイトルではヤバい新興宗教にハマったようで、
キャラ大崩壊かませ犬野郎に成り下がってしまったようです。
神(=公式)のつくるものはそのコンテンツにとって“正しい”ものなのかもしれませんが、それを受け入れるかどうかは個人に任されていると思います。
私は去りました。そっと目を瞑って。
繊細ヤクザのように喚くようなことはしません。
彼の迷惑になってしまいますので。

 

冷静沈着な孤高の彼は死んでしまったのです。
公式の手によって。
それでも私は彼のことが大好きです。
クレーンゲームをやるようですし。
引っ越す際にはエロ本もといベッド下の本も持っていくつもりです。
たまには古いゲームを引っ張り出してカンストした彼とお出かけ(歩いた跡は草一本残らない)をするのもいいでしょう。
はじめてのヒトというのは特別なものです。
いつまでも。

むかしのはなし

ところで、私はいじめられていた。
以前も書いたと思うが、自覚はなかった。
「人生はこんなものなのだろう」と思っていた。
随分醒めた小学生である。
だらだらとタイピングをしたい気分なので、
いくつかエピソードを書いてみようと思う。
嫌な人は見ないほうがいい。
やはり、そのような話は嫌な人が多いのだろうな。
その話に着地するまでの流れは失念したが、
大学での英語の授業で詳細にいじめ体験を披露したことがあった。
英語で。
ちなみに私は英語ができない。
やたらとテンションの高い先生に促されるまま話してしまった。
「引きずられる」って、英語でなんて言うのだろう。

 

小学生特有のいじめといえば、やはりランドセル砲丸投げだろう。
…なんて顔をしているのだ、読者よ。
やられたことがないのか?
ランドセルの隙間に両手を差し込んで振り回す!回す!そしてリリース!!
軽量級の私は面白いように飛んでいった。
冷静に考えれば、ランドセルがなければ後頭部を強打して死んでいた可能性があるな。
ありがとうランドセル。
ありがとういじめっ子。二年生で転校してくれて。


一番肉体的にマズいなと思ったのは両足を持たれてプール内を引きずられた時である。
「メガネサル」だとか「たてがみライオン」だとか、妙に動物的なあだ名をつけられるのなんて比にならない苦痛である。
なにせ、塩素水が鼻に流れ込むのだから。
いやぁ、あれは大変だった。
ベタなやつでいえば
雑巾で顔を拭かれたのと、
複数人に囲まれて上履きで袋叩きに遭ったことかな。
叩かれ終わると廊下は誰もいなくなっていて、
やけに窓から差し込む夕焼けが美しかったのを今でも覚えている。
オレンジ色を柔らかく反射した廊下、
キラキラと舞う埃、
もしかしたら、夕暮れを見るたびに泣きたくなるのはこんなことを覚えているからか。
やたらとポエティックな文章になってしまった。

 

怖いな、と思ったのは標的が他に移ったことだ。
同じクラスに可愛い女の子がいた。
その子は足が速くて、勉強ができて、明るくて、
小学生の人気者要素を詰め込んだような子だった。
私はその子のことが大好きだった。
憧れだったのかもしれない。
そんな人気者の彼女がある日突然除け者になった。
突然、というのは私がそのスクールカースト上位グループに入っていなかったからだろう。
理由は…何だったか、
人気者の男子にバレンタインチョコを、みたいな話だったような気がする。
当時の私は、彼女に非がないではないかと憤ったような気がする。
誰も彼女に近づかなくなった。
小学校というのは酷なもので、
グループや、○人ひと組をつくることを常とする。
それまでグループの中心で笑っていたのに、ひとりなのだ。
冷静になって考えてほしい。
私は同情している場合ではないのだ。
何せ私もいじめられているのだから。
しかし私はいじめられっ子という自覚がない。
今でも思い出せる光景は、体育館でぽつりと立っている彼女だ。
ひとりでボールを集め、輪から離れて立っている。
私はいつも隣にいた気がする。
それで彼女の心が慰められればいいと思った。
……しかし、今考えると大変迷惑な話ではないだろうか。
いじめられっ子一軍のブスがそっと寄り添っているのだから。
なんだか申し訳ないことをしたな。
それでも、憧れの、大好きだったあの子にニコニコと名前を呼ばれるのがとても嬉しかった。
しばらくして教師の介入で彼女へのいじめはなくなった。
彼女は今どうしているだろうか。
私のことなんか欠片も覚えていないだろうけれど。
明るくて社交的な子だったから、きっとヘースブックで調べたらすぐに見つかるんだろうけど、
私はそういうのは好きでない。
思い出は静かにとっておいて、
こうしてたまに取り出して眺めるのが一番いいのだ。

 

 

と、私はそのまま地元の中学校に進学した。
私の家は小学校の学区の端っこだったので、大半の人たちとは違う学校へ行った。
大半の、いじめていた人たちはガラが悪いことで有名な中学校へ行ってしまった。
数年後にほぼいじめっ子で編成されたチームとバスケの試合で再会し、
いじめっ子たちのラフプレーでアザだらけ傷だらけにされたのは、少し先の話だ。
あれは本当に怖かった。
でも勝った。
それでいじめが終わったかといえばそうでもない。
数少ない同じ小学校出身の女が牙をむいた。
その女はいじめ集団に所属しておらず、
どちらかといえばカースト下位の人間だった。
しかし、上位の人がいなくなったことにより、最下位の私をおもちゃにできる!と思ったのだろうな。
その女は力が強かった。
一方私は「鶏ガラ」だ「マッチ棒」だ「ごぼう」だと呼ばれていた。
察してほしい。
勝てなかった。
カイロを押し付けられて低温やけどを負わされたときは驚いた。
本当になるのだ。
結構痛い。
みんな、気を付けたほうがいいぞ。
呼ばれて隣のクラスへ行くと悪意のある落書きを黒板に書かれていたこともあった。
ちなみに私は酷い天然パーマ、大量のホクロ、メガネ常備、鶏ガラボディである。
そっくりな似顔絵だったと思う。
散々ローキックを受けるので脛はアザだらけだった。
中学校になり、登校班から解放され、
仲のいい子(彼女もまた顔面がコンプレックスな私に化粧を施し、「可愛くなれる手作りお守り」を渡してくれるような子ではあったが…可愛くなるって、今が可愛くないって言っちゃったね!という感じだが、悪い子ではなかった)

と一緒に登校していたのだが、
何故かその女も待ち合わせ場所にシレっといるのだ。
一緒に行こうなんて言っていない。
お守りガールと仲がいいわけでもない。
とんだ板ばさみである。


そういえば、捻挫をして松葉杖になったことがあった。
初めての松葉杖(この後2、3回お世話になり、劇的に杖捌きが上手になるのだが、それは先の話である)に慣れておらず、気を遣った私は
「先に行っていいよ」と言った。
本当に行ってしまった。
ゼェゼェと、汗だくで杖をつき学校へむかう。
せめて荷物くらいは持ってくれと言えばよかったと後悔しながら階段を登ろうとする。
松葉杖で階段を登る際、片脇に二本挟み、空いた手で手すりを掴み登るのだが、
私は手が小さく二本も持てず、結局杖とリュックを背負い、階段を四つん這いで這い上がるはめになってしまった。
その時、助けもせず階上から指をさして笑われたあの光景は忘れられない。


その女からのいじめが終わったのは二年生くらいだろうか。
昔いじめられていたという話をすると、私の履歴を知っている人は驚く。
「だってバスケ部でしょ?!カースト上位じゃないの?」
そう。
一年経って鶏ガラは立派な軍鶏になっていた。
ある時いつも通り脛に蹴りを入れられた。
カッとなった私は思わず蹴り返した。
今まで反撃をすることはなかった。
「反撃したら酷い目に遭う」
小学校で学んだことだ。
ただ身体を丸め、黙っていることが私に唯一できることだった。
だ っ た 。
自分で驚くほどキレのいいキックがさく裂した。
その女は私よりも力が強いとはいえ、部活できっちり鍛えた奴に勝てるわけもなかった。
あの時の世界がひっくり返ったような感覚はとても印象的だ。
私は勝てるのだと悟った。
それからその女が私に手を出すことはなかった。
私は勝ったのだ。
自分の力で世界を変えてみせたのだ。
それがローキックだというのはどうかと思うけど。

 

 

今になってたまに考える。
どうして私はいじめられたのだろうか。
これさえ分かれば将来万一私に子どもができた場合アドバイスが可能だ。
なにせ、いじめられた私の血を半分引いているのだ。
何かあっては困る。
力が弱かったことも一因だろうか。
はじめは抵抗せねばいけないと思っていた。
しばらくすると、抵抗を面白がっているとわかった。
抵抗するのをやめた。
「ドM」という新しい称号がついた。
事態はあんまり変わらなかった。
抵抗してもしなくても結果が一緒なら、もっと暴れておけばよかった。


性格は…どうだろうか。
きっと難があったのだろう。
でも、それを否定してしまうと今の私をもまとめて殴ることになるのであまりしたくない。
当時よりはだいぶ丸くなったと思う。これでも。これでも。
だからこの点については心の中で過去の私と反省会をしようと思う。


容姿が一番大きな要因だろう。
小学校四年という多感な時期にメガネをかけるようになったこと、
酷い天然パーマだったこと、鶏ガラ体型だったこと、
醜かったこと。
たまに思い出すのは、「鼻が大きい」と指摘されたことだ。
それは仕方ない。元々くっついていたものであるので。
ただあんまり何度も言われるといい気はしない。
鼻はコンプレックスなのだ。
「うるさい!!」と声が出た。
「はぁ?なんでそんな言い方するの?絶交だわ」
そんな言い方も何も、煽ったのはそちらだろう。
しかし当時の私は驚いて思考停止してしまった。
本当にいじめが加速した。
有言実行。
「ブス」だとか「バカ」だとか、そういう言葉よりも
「気持ち悪い」「キショい」と言われるほうがこたえる。
キショいって何だ。よくわからんが傷つくなぁ。
雑巾で醜い顔をぐりぐり拭かれながら思ったものだ。
「いつか、いつか美人になって見返してやる。
全員ぶ○殺してやる」と。
その結果美人になったかといえば、まぁ、それは、ねぇ?
ただ、これは中学校の集まりだったが、成人式の集まりでは大変好評だった。
プロの化粧というのは素晴らしいな。
昔を知っている人に問いたい。
私は少しは綺麗になったかな?
人に見てもらえるような姿になれたかな?
まだまだだったら笑って、もっと頑張れって言ってね。
なんて。

 

 

「復讐に生きるなんてつまらない」と、素晴らしい人は言う。
本当にそうだろうか。
私は心のどこかに復讐を抱いて生きている。
あいつらより良い学校へ行きたい。
良い恋人と幸せになりたい。
美しくなりたい。
美人になりたい。
綺麗になりたい。
あいつらより、良い人生を送りたい。


私のこの醜い復讐心が何を生むのかはわからないし、普段からこんなことを思っているわけではない。
ただふっと、学校の図書館で没頭している時、気のおける人と穏やかに話をしている時、
化粧をして、少しだけ柔らかくなった髪を撫でた時、
醜い復讐心が頭をもたげる。
私は今幸せだ。
お前らはどうだ。
苦しんでいるか。
報いを受けているか。
私の呪いに気づいているか。
私はもっと幸せになってやる。
美しくなって、満足のいく人生をおくってやる。
こんなこと、人に言うべきではないのかもしれないけれど、どうしてもそう思う。
その、前向きな負の感情を否定されたら私は困ってしまう。
それは生きるための原動力で、
そうでもしなければ、弱い私は生きていけないのだ。
あの時全否定された「私」が幸せになることこそが最上の復讐なのだ。


さて、今私は、どのくらい復讐を果たせただろうか。

 

写真のこと

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私は写真がどうも好きではない。
撮るのも撮られるのもあんまりアレだ。

 


まず、被写体になること。
もう無理。
絶対嫌。
顔が、顔がダメ。
私のビジュアルを残すなんて、写すなんて、
もう、耐えられない。
…といった感じです。
だからインターネットで私の顔写真を探そうなんてことしても無駄ですからね。
勿論ヘースブックもしていません。
見せびらかす写真がない。
そもそも自撮りも撮られもしませんからね。
そんなに私のこの醜い顔を撮りたかったらカメラを壊される覚悟でかかってくるんだな!
…といった感じです。

 


写真を撮ることもあんまりしません。
ケータイのフォルダを見ると、
三角屋根、鳥居、三角屋根、猫うさぎ、日本刀、鳥居
…といった感じです。
こりゃ酷い。
人を撮るのもあまりしません。
だから、「デートに行ったの(はぁと)」といくら主張しても、ふたりで撮った写真もなければ風景写真もなく、
本気で私がモテないあまり気が狂ったと思われたことがあります。
チケットだけでは証拠にならないらしいですよ、みなさん。


そういえば、なんで必ずみんな
「カレシ(若しくはカノジョ)の写真見せてよ~」と言うんでしょうね?
話題作りとはいえ、リスキーでは?
「やだ~www」とか言いながらみんな見せるじゃないですか。
見せたいんでしょ?どうせ。
どうせ常備してるんでしょ?知らんけど。
見せたところで、その場のみんなが「おぉー」となるレベルの人相とは限らないじゃないですか。
「……」
「……」
「…優しそうな人だね」
となる展開を誰が求めているんですか…
アレでしょ?知ってますよ。
他の飲み会で「××の恋人の顔微妙だったw」
「まじかww」
みたいな話をするんでしょう?
こわっ。


写真なんて撮ったり撮られたりしなければいいのです。
写真が嫌いになった理由のひとつに、
学生時代の経験があります。
撮るんですよ、写真を。
有無をいわさず。
ご飯を撮ってSNSにあげるのですが、いちいち人を巻き込むタイプの人がいて。
自分の陣地だけでなく、一緒の卓を囲むみんなの食事を撮ろうとするので、
あたたかいのを食ーべよとすると、
「待って!まだ撮ってない!もっと寄ってピースして!」
となるのです。
そしてSNSに、みくしーに載せるのです。
時代ですな。
5人中4人がみくしーをやっていて、
目の前でお気に入り☆をし合うのです。
目の前で。
おかしい。
それがスイーツビュッフェとか、築地のお寿司とか、オシャレなラテアートとか、
特別なものならまだ理解できるのですが、
サイゼですよサイゼ!マック!!!
日常!日常の!ひとコマ!!
それを!毎回!!!!!
すいません、取り乱しました。
この何をするにも「振り向いて!」
「ポーズ取って!」と行動をいちいち阻害され続けてもう、もう…
写真は嫌いです……

 


もう私は心の赴くまま三角屋根の建造物とモフモフだけを撮ります。
写真なんて他人に迷惑をかけない程度に
好きなものを撮ればいいのです。
だからもう、私のことは誰も撮らないでください。
汚いので。

お寿司のこと

日記

お寿司を食べに行ってきた。
わたくしは庶民なので寿司といえば回る寿司。
そんな私が築地の寿司屋へ。
築地の、寿司です。

写真は撮っていない。それどころではなかった。

 

ガタガタ震えながらカウンタに座った。
目の前に冷蔵ショーケースがあり、
板前さんがいる。
庶民絶体絶命である。
折角ならと一番高い「おまかせ」を頼む。
全部は覚えてないな…お昼に食べたばかりなんだけど。
中トロ、大トロ、エビにカニ、イワシ、穴子、あとなんだったかな…

白魚、イクラ、ウニ。
あと貝と…白身、光物だったかな?


食べるペースに合わせて握ってくれた。
すごい。なんて待遇だ。
なんかもう、お茶も味噌汁も美味しかった。
大トロやカニは口に入れた瞬間溶けるし、
いや、なんなんだアレ。庶民は初めて食べた。
イクラだって、キュウリを外したらイクラが5粒くらい、みたいでないのだよ。
ぎっしり。イクラぎっしり。
ちゃんとしたウニは初めて。
以前食べた回るウニは具合が悪くなったが、
これは訳がわからない。
ふわふわ?とろとろ?
「!!!」という感じである。
白魚というのも初めて食べた。
『白魚のような指』というのはこういうものなのか…
と自分の手をじつと見つめた。
しかし白魚も軍艦の上からベロンとこちらを見つめていた。
食べづらくなるからやめていただきたい。
あとはイワシ。
今日のおすすめ。
普段光物は食べないのだが、おまかせの後にもう一つ頼んでしまった。
「光物がお好きなんですか?」
と板前さんに問われる。
「普段は…普段は、回る鮭を…
うぅっ、庶民だとバレてしまう…」
と言ったが、あんな一貫ずつにわぁわぁ言っていたら「あぁ…食べ慣れてないんだな…」ととっくにバレていただろうな。
一緒に行ったひとが「トリガイ…食べたい…どうしよう…」と呟いていたら板前さんがスッ…とトリガイがのったお皿をケースの上、我々の前に出した。
その誘惑に屈したのはいうまでもない。
握った貝をポンッ!と叩くとキュウゥと動いた。
動くのはダメだよね。
あと、クルマエビのしっぽも動いてた。
「頭を焼いたのが食べたい(こそこそ)」
「板前さんに頭下さいって言えば?(こそこそ)」
とやっていたら、しばらくして焼かれて赤くなったエビの頭が皿に置かれた。
みんなバレてる…
私ももう一貫食べようか悩んでいたら
「そちらのおねーさんはウニか穴子、いかがですか?」と聞かれた。
私の反応が一番よかったのがそれらなのだろうなぁ。
穴子をもう一つ頼んだ。
ぷわぷわ!美味しい!意味わかんない!!
高い寿司屋の代名詞といえば長い一貫穴子を連想するが、ここのは普通の長さ。
それでもいい、それでいいんだ
ともふもふ興奮していた。

 

私は一人で飯を食べられる人間だけれど、
それは生きるためにとりあえずの食事であって、
やっぱり美味しいものを食べる時には
「美味しいねぇ」
「ねー」
と言える人と食べる方がずっとずっと美味しい。

 

後から来た隣のカップルは一番少ないコースを頼んですぐ出ていってしまったのに、
我々は一番量の多いコースを頼んでおいて追加でいくつも食べていたので、
良いお客というか、チョロい客だったよなぁ。
でもあんな所いつでも行けるわけではないし、
食べたいものを食べられるだけの方がいいでしょう。

そういえばあのカップルは全然お寿司の話をしていなかった。慣れてるのかな。

目の前に 、この瞬間に共有できる感情があるのに勿体ないなぁと思ってしまった。きっと彼らは「お寿司美味しい!!!」よりもっと話したい事があるんだろうけど。

それでも私は、お寿司を食べている時にその話をしてくれる人がいいな。

 

お腹いっぱいで店を出て、築地場外を散策。
なんであんなに卵焼き屋さんがたくさんあるのでしょうね?と問うたら
「寿司に卵焼きがつくからだろ」
とそれらしいことを言われたのだが真偽は不明。
少し調べてみたら、「そもそも寿司屋や料理屋に卸すのがメイン」という説があるそうな。
あながち間違ってなかったのか。
乾物屋のおっちゃんも同じことを言っていた。
「そもそも物の良し悪しすらよくわからない素人に押し売りしようと思わないし、本業はプロに卸すこと」と。
食べさせてもらった煮干し、美味しかったなぁ。
でも1700円する。煮干しが。
「よぉし、私は今日、よい煮干しを買うぞぉ!」と思って家を出なければちょっと買えない。
何故か乾物屋でマグロの切り落としを買って帰宅。
明日食べるの楽しみ。

 

ずっとキャッキャはしゃぎながら食べていたから疲れてしまった。
いやぁ、良い日であった。

 

 

バレンタインのこと

 

バレンタインというのは苦々しい行事です。

 

友チョコ」という名のバラマキを強制されたり、
不機嫌な妹の大量のラッピングを手伝わされたり、
なんだか散々です。
最近は愛の告白の場ではなく、友情を確かめる場ですからね。
それが良いとか悪いとかではないですけれど、
面倒ですよねぇ。
ところでそんなバレンタインですが、
人生で2回だけ本命チョコを渡したことがあるのです。
この前お風呂に入っている時に思い出したので、
今日はその黒歴史をひっくり返してみたいと思います。

 

1度目は小学生の時でした。
周囲に勧められて渡すことにしました。
ところで私、小学生の時にいじめられていたんですよね。
当時はそんなことに気づいていなかったんですが。
除け者にされていたというより、イマドキの言葉でいうと「イジられる」というやつですかね。
プールで両足を持って引きずりまわされたり、上履きで袋叩きにされたり、雑巾で顔を拭かれるのが「イジり」なのかはわからないですけど。

と、そういった周囲にのせられて渡したのですが、
まぁ、アレですな。
そういうことですわ。

翌日、給食を食べていたら教室の向こうが騒がしい。
渡した相手が「あいつにチョコもらったんだぜ、気持ち悪っ」と楽しげに話をしていました。
飯を放り出して机の下にもぐりこみ、
シクシクとやっている間もまぁみんな楽しそう。
と、担任教師がその男子を廊下へ連れ出し、
しばらくするといくらかしょんぼりして戻ってきました。
おそらく怒られたんでしょうな。
幼心に刻み込まれたなかなかキツいトラウマですね。

 

2度目は比較的最近の話でしょうか。
バレンタインに雪が降った日がありました。
「ホワイトバレンタイン!」なんて世間は盛り上がっていましたけど、
バレンタインがホワイトである必要があります?
いや、クリスマスがホワイトである必要があるかって話ですけど、
やめましょう、野暮な話になってしまう。

そのホワイトバレンタインに本命チョコを渡しました。
その人は甘い物と手作りの食べ物が嫌いで、
……なんで私、手作りを渡したのだっけ?
既製品を贈ればいいのでは?
書きながら思い出したぞ。
「既製品も嫌だ」と言われたのだ。
うん?
手作りは嫌だ、既製品は嫌だと言われたってことは、
渡すなってことだったのでは…?
なんということでしょう。
鈍感力を再び発揮していたそうです。
人間なかなか成長しないものなのですね。
かなしみ
渡したはいいものの、開けて一言。

「粉物は…嫌い…」

いやいや、そんなこと聞いて、聞いて……たわ。
痛恨のミス。
トリュフだか生チョコだかを少しだけ食べてもらって
泣きながら箱だけ渡しました。
百円均一でない良い箱ですからね。
むしろ箱の方が価値がありますからね。
なんというかもう、散々です。

 

いつか相手に喜んでもらえるバレンタインを過ごしたいものです。
随分先の話になるでしょうけど。

 

 

ディズニーのこと

吾輩はディズニーランドが好きである。

 


「は?高い金払って着ぐるみ見て何が楽しいの?」という反応をしそうな顔をしていても好きなのである。
最推しはプーさんである。
ミッキーの愉快な仲間たちに属していないので微妙な立場だが、それは仕方がない。
ディズニーランドにあるプーさん専門店なんて夢のような話である。
いい歳こいて興奮しすぎて「プーしゃん!」と発音してしまったことは記憶に新しい。


というか、ディズニーのくまが好きなのかもしれない。
プーさんのぬいぐるみの他にダッフィーと白いユニベアディズニーストア限定のくま)が鎮座しましましましている。
とんだくま大好き野郎である。
ちなみに、ガンプラの親子ベアッガイも作った。
しかし、「プーさんに似てるよねwww」というアレには断固抗議したい。
私は別にあのようにずんぐりむっくりしていない。
我侭ボディとは対極のような奥ゆかしい体型をしている。
眉毛が少々太いだけじゃないか。


プーさんはグリーティングがないのが悲しい。
私が知らないだけかもしれないけれど。
以前ミッキー先生と手をつないだ時に温もりを感じて驚いた。
興奮してハグをしてしまった。
こんなにテンションが上がるとは思わなかった。
こわい。

 


ディズニーはシーよりもランド派である。
シーは夜が暗いから嫌である。
ムードなんて知ったことではない。
とは言いながら、人生で初めての恋人とのディズニーシー(夜)で手をつないだ時には頭が爆発しそうになった。
人間そんなものである。
もしかしたら、あの暗がりを私の赤面で少々明るくしてしまった可能性もあるが、
あれも随分昔の話である。


先日友人と話をしていた。
双方酒が弱いうえに、3時間くらい話をしていてグダグダになった頃の話である。
「なんでカップルの女の方って、男の尻を揉んでいるのだろうか」
『あれは揉んでいるのではなく温もりを感じているのだ』
「尻から?」
『手をつなぐより余程広範囲に、確実に感じることができるのだろう、きっと』
「じゃあ女の尻にタッチしているのも温もりを?」
『あれは揉んでいるだけだ』
将来私に恋人ができることがあれば、
積極的に尻の温もりを感じにいこうと思っているので
みんなは応援してほしい。


シーは絶叫系が多いのもよろしくない。
あの、フリーフォールなんて意味がわからない。
ほんと、ふざけないでほしい。
初めて乗った時に「落ちるのは2回だけだから!」と言われたのを真に受けたら3回落ちた。
3回目の上昇の時に「ふざけんな!嘘つき!」と絶叫した私は悪くない。


その点ランドは安心できる。
一番好きなアトラクションは船で世界を巡るアレである。
最近は3Dだ、プロジェクションマッピングだと先進的なアトラクションが多いので、
あのような古典的な仕組みのものを見ていると心が穏やかになる。


リニューアルされたジャングルを船で冒険するアレもプロジェクションマッピングだったな。
あれは最近船長さんのお話が面白くなくなっている気がする。
文言が同じというか、マニュアル的というか。
私は気ぃ遣いぃなので、「笑ってあげなきゃ…っ」という気持ちになって大変疲れる。
最近はバナナやお守りを売っている商人は大昔生首を振り回していたのだが、あれはやはり色々とNGだったのだろうか。
あと、「忘れ物はしないでくださいね。特にお子さんを忘れると船長にされてしまいますよ。…僕みたいに」といった文言も聞かなくなったな。
ダメだったのかな。


なんだか最近アラが見えてくるようになったのは、きっと先方のクォリティが下がったのではなく、私が大人になってしまったからなのかもしれない。
それにしたって雨の日にくまを買ったときに
「袋を二重にしておきますね。窒息死しないように、おうち帰ったら早く出してあげてくださいね~」
と言われたのは流石にどうかと思ったよ…
「苦しくなっちゃうから」みたいな表現はなかったのだろうか。
窒息死て。
ちなみに、帰宅後すぐに袋から出したら中に水が溜まってビッシャビシャになっていた。
無念である。
お化け屋敷だって、低い声で案内していたおねーさんが同僚と話している時にはアニメ声だったのを聞いて
「雰囲気づくりをしてるんだなー」と思ってたのに、
最近は「はーい、こちらにどうぞー」という感じである。
是非もう少し頑張っていただきたい。


お化け屋敷より怖いアトラクションは白雪姫のアレだと思っている。
「怖い魔女がでてくるのでお子様はご注意ください」という看板が設置されているのがすでにちょっとアレである。
「いやいや、言ってもそんな怖くないんでしょw」とタカをくくって入った妹が出た時には
「マジかよ…」とドン引きしていたのはいい思い出だ。
びっくり系ではなく、じわじわくる恐怖という感じなので、
行ったことのない諸君は是非行ってみてほしい。


短いアトラクションだし、長くても30分待てば入れると思う。
私はピーターパンとか、世界を船で巡るのとか、汽車で開拓時代を探検するのとか、レースをするのとか、
みんなが「んん?」という反応をするアトラクションが好きなので、是非酔狂な人は一緒に行きましょう。


もうひとつの醍醐味としては、アトラクションの提供を見て「んふふ」となることである。
絶叫系が生命保険の会社だったり、車に関連するものがタイヤ会社だったり、汽車のアトラクションがオモチャ会社だったりするので是非注目してみてください。
面白いよ。
私はキャラクターを着ぐるみと言われると怒るし、
パレードのフロートの仕組みを考える理系に「魔法の!力!」と肩パンをしたりするのに、
どうして提供はセーフなんでしょうね?
しかし、非常口マークを探すのを趣味としている君、それは許さん。

 


これからも私は「は?似合わん」と言われながらもプーさんを愛していきたい所存でございます。
誕生日プレゼントで困った時はくまかぬいぐるみか緑グッズでお願いしますね。

アニキのこと 壱

某熱血系ロボットアニメの話をします。

ネタバレを見たくない、

私が立ち直り成長する感動の再生の物語(予定)がダルい人は

時間の無駄なのであんまりアレですな。

 

 

 

 

 

 


アニキが死んだ。
正直、前後の記憶があんまりない。
それもそのはず、2年くらい前の話だからだ。

 

 

私が彼を初めて知ったのは酒の席でだった。
趣味のない私にアニメを勧めてくれた人がいた。
とりあえず、名前を知っているエヴァを一度に借りた。
1週間で見るようなものではなかった。
ちょっと鬱になりかけた。
今でも私は「翼をください」と「第九」がトラウマである。


私でもアニメを見られるんだ、とわかったので、
もう一つ勧められた熱血ロボットアニメを何枚か借りた。
面白かった。
エヴァよりかはだいぶ。
それも、3巻の3話目までだった。


アニキが死んだ。

 

私は完全に、主人公と同じ目線で見ていたのだ。
恋にも似た、強烈な憧憬。
彼が死んで、茫然とエンディングを見て、
次回の予告があることに驚いた。
物語は続くのだ。
しかし、私の心は完全に折れてしまった。
レンタル屋に返却したあと、
続きを借りることなく帰った。
勧めてくれた人にその報告をすると、
「そこからが本番なんだよ!
主人公の立ち直りと成長を見ろよ!」
と叱られた。
残念ながら私はアニメをあまり見ない。
基本的に馬鹿みたいに能天気な話か、
馬鹿みたいに間抜けな話しか見たくない人間なのだ。
刺激が強すぎた。

 

何が間抜けって、私は彼が死ぬことを知っていたのだ。
酒の席で勧められた時に
「まぁアニキは死ぬんだけど」
「ネタバレやめて!」
という会話をしたはずなのだ。
すっかり忘れていた。

 

それから私はそのアニメの名前を見たり聞いたりするたびにちいさな胸をぎゅう、と痛めていた。
先日、ニコニコ動画で一挙放送をすることを知った。
そこで見ればいいじゃないか。
タダで見られるし、
きっとコメントもつくから一人で見なくて済むし、
傷が抉れて頭を抱えている間にも次の話が流れる筈だ。
結論から言うと、見られなかった。
そんなにトラウマなのか、私。
そもそも、メインキャラクタが死ぬってどういうことだ。
私の最愛のキャラクタも「お前なんて地獄でひとりで苦しめばいい」と殺された世界線があったようだが、
それはミュージカルか舞台の話だったし私は直接に見ていない。
目の前で死なれたのが初めてだったのだ。
そりゃ、悲しいでしょ。

 

いつまでも過去にとらわれていちゃいけない。
前へ進まなきゃ。
と、失恋女みたいなことを考え、
別の酒の席で勧められたこともあって、
近所のレンタル屋に行った。
なかった。
4、5巻がなかった。
というか、アニキが死んだの3巻だったのか。
早すぎる死。
…と、いつもの棚を眺めていたらふと思い出した。
以前もこの傷と向き合おうとしたことがあったのだ。
その時も確か4、5巻がなかった。
どういうことだ。
そんなに人気があるのか?そこだけ?
決して最近のアニメではない。
それとも私のマが悪すぎるだけなのか?
もしかしてあの店にないんじゃないか?
以前の私だったら、以前の私のように諦めていただろう。
しかし今の私は違うのだ。
ちょっとだけ強くなったのだ。
なんとしてでも見てやる。


明日隣の駅のレンタル屋へ行くことを決意した。