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すっとこどっこい

あることないこと

むかしのはなし

ところで、私はいじめられていた。
以前も書いたと思うが、自覚はなかった。
「人生はこんなものなのだろう」と思っていた。
随分醒めた小学生である。
だらだらとタイピングをしたい気分なので、
いくつかエピソードを書いてみようと思う。
嫌な人は見ないほうがいい。
やはり、そのような話は嫌な人が多いのだろうな。
その話に着地するまでの流れは失念したが、
大学での英語の授業で詳細にいじめ体験を披露したことがあった。
英語で。
ちなみに私は英語ができない。
やたらとテンションの高い先生に促されるまま話してしまった。
「引きずられる」って、英語でなんて言うのだろう。

 

小学生特有のいじめといえば、やはりランドセル砲丸投げだろう。
…なんて顔をしているのだ、読者よ。
やられたことがないのか?
ランドセルの隙間に両手を差し込んで振り回す!回す!そしてリリース!!
軽量級の私は面白いように飛んでいった。
冷静に考えれば、ランドセルがなければ後頭部を強打して死んでいた可能性があるな。
ありがとうランドセル。
ありがとういじめっ子。二年生で転校してくれて。


一番肉体的にマズいなと思ったのは両足を持たれてプール内を引きずられた時である。
「メガネサル」だとか「たてがみライオン」だとか、妙に動物的なあだ名をつけられるのなんて比にならない苦痛である。
なにせ、塩素水が鼻に流れ込むのだから。
いやぁ、あれは大変だった。
ベタなやつでいえば
雑巾で顔を拭かれたのと、
複数人に囲まれて上履きで袋叩きに遭ったことかな。
叩かれ終わると廊下は誰もいなくなっていて、
やけに窓から差し込む夕焼けが美しかったのを今でも覚えている。
オレンジ色を柔らかく反射した廊下、
キラキラと舞う埃、
もしかしたら、夕暮れを見るたびに泣きたくなるのはこんなことを覚えているからか。
やたらとポエティックな文章になってしまった。

 

怖いな、と思ったのは標的が他に移ったことだ。
同じクラスに可愛い女の子がいた。
その子は足が速くて、勉強ができて、明るくて、
小学生の人気者要素を詰め込んだような子だった。
私はその子のことが大好きだった。
憧れだったのかもしれない。
そんな人気者の彼女がある日突然除け者になった。
突然、というのは私がそのスクールカースト上位グループに入っていなかったからだろう。
理由は…何だったか、
人気者の男子にバレンタインチョコを、みたいな話だったような気がする。
当時の私は、彼女に非がないではないかと憤ったような気がする。
誰も彼女に近づかなくなった。
小学校というのは酷なもので、
グループや、○人ひと組をつくることを常とする。
それまでグループの中心で笑っていたのに、ひとりなのだ。
冷静になって考えてほしい。
私は同情している場合ではないのだ。
何せ私もいじめられているのだから。
しかし私はいじめられっ子という自覚がない。
今でも思い出せる光景は、体育館でぽつりと立っている彼女だ。
ひとりでボールを集め、輪から離れて立っている。
私はいつも隣にいた気がする。
それで彼女の心が慰められればいいと思った。
……しかし、今考えると大変迷惑な話ではないだろうか。
いじめられっ子一軍のブスがそっと寄り添っているのだから。
なんだか申し訳ないことをしたな。
それでも、憧れの、大好きだったあの子にニコニコと名前を呼ばれるのがとても嬉しかった。
しばらくして教師の介入で彼女へのいじめはなくなった。
彼女は今どうしているだろうか。
私のことなんか欠片も覚えていないだろうけれど。
明るくて社交的な子だったから、きっとヘースブックで調べたらすぐに見つかるんだろうけど、
私はそういうのは好きでない。
思い出は静かにとっておいて、
こうしてたまに取り出して眺めるのが一番いいのだ。

 

 

と、私はそのまま地元の中学校に進学した。
私の家は小学校の学区の端っこだったので、大半の人たちとは違う学校へ行った。
大半の、いじめていた人たちはガラが悪いことで有名な中学校へ行ってしまった。
数年後にほぼいじめっ子で編成されたチームとバスケの試合で再会し、
いじめっ子たちのラフプレーでアザだらけ傷だらけにされたのは、少し先の話だ。
あれは本当に怖かった。
でも勝った。
それでいじめが終わったかといえばそうでもない。
数少ない同じ小学校出身の女が牙をむいた。
その女はいじめ集団に所属しておらず、
どちらかといえばカースト下位の人間だった。
しかし、上位の人がいなくなったことにより、最下位の私をおもちゃにできる!と思ったのだろうな。
その女は力が強かった。
一方私は「鶏ガラ」だ「マッチ棒」だ「ごぼう」だと呼ばれていた。
察してほしい。
勝てなかった。
カイロを押し付けられて低温やけどを負わされたときは驚いた。
本当になるのだ。
結構痛い。
みんな、気を付けたほうがいいぞ。
呼ばれて隣のクラスへ行くと悪意のある落書きを黒板に書かれていたこともあった。
ちなみに私は酷い天然パーマ、大量のホクロ、メガネ常備、鶏ガラボディである。
そっくりな似顔絵だったと思う。
散々ローキックを受けるので脛はアザだらけだった。
中学校になり、登校班から解放され、
仲のいい子(彼女もまた顔面がコンプレックスな私に化粧を施し、「可愛くなれる手作りお守り」を渡してくれるような子ではあったが…可愛くなるって、今が可愛くないって言っちゃったね!という感じだが、悪い子ではなかった)

と一緒に登校していたのだが、
何故かその女も待ち合わせ場所にシレっといるのだ。
一緒に行こうなんて言っていない。
お守りガールと仲がいいわけでもない。
とんだ板ばさみである。


そういえば、捻挫をして松葉杖になったことがあった。
初めての松葉杖(この後2、3回お世話になり、劇的に杖捌きが上手になるのだが、それは先の話である)に慣れておらず、気を遣った私は
「先に行っていいよ」と言った。
本当に行ってしまった。
ゼェゼェと、汗だくで杖をつき学校へむかう。
せめて荷物くらいは持ってくれと言えばよかったと後悔しながら階段を登ろうとする。
松葉杖で階段を登る際、片脇に二本挟み、空いた手で手すりを掴み登るのだが、
私は手が小さく二本も持てず、結局杖とリュックを背負い、階段を四つん這いで這い上がるはめになってしまった。
その時、助けもせず階上から指をさして笑われたあの光景は忘れられない。


その女からのいじめが終わったのは二年生くらいだろうか。
昔いじめられていたという話をすると、私の履歴を知っている人は驚く。
「だってバスケ部でしょ?!カースト上位じゃないの?」
そう。
一年経って鶏ガラは立派な軍鶏になっていた。
ある時いつも通り脛に蹴りを入れられた。
カッとなった私は思わず蹴り返した。
今まで反撃をすることはなかった。
「反撃したら酷い目に遭う」
小学校で学んだことだ。
ただ身体を丸め、黙っていることが私に唯一できることだった。
だ っ た 。
自分で驚くほどキレのいいキックがさく裂した。
その女は私よりも力が強いとはいえ、部活できっちり鍛えた奴に勝てるわけもなかった。
あの時の世界がひっくり返ったような感覚はとても印象的だ。
私は勝てるのだと悟った。
それからその女が私に手を出すことはなかった。
私は勝ったのだ。
自分の力で世界を変えてみせたのだ。
それがローキックだというのはどうかと思うけど。

 

 

今になってたまに考える。
どうして私はいじめられたのだろうか。
これさえ分かれば将来万一私に子どもができた場合アドバイスが可能だ。
なにせ、いじめられた私の血を半分引いているのだ。
何かあっては困る。
力が弱かったことも一因だろうか。
はじめは抵抗せねばいけないと思っていた。
しばらくすると、抵抗を面白がっているとわかった。
抵抗するのをやめた。
「ドM」という新しい称号がついた。
事態はあんまり変わらなかった。
抵抗してもしなくても結果が一緒なら、もっと暴れておけばよかった。


性格は…どうだろうか。
きっと難があったのだろう。
でも、それを否定してしまうと今の私をもまとめて殴ることになるのであまりしたくない。
当時よりはだいぶ丸くなったと思う。これでも。これでも。
だからこの点については心の中で過去の私と反省会をしようと思う。


容姿が一番大きな要因だろう。
小学校四年という多感な時期にメガネをかけるようになったこと、
酷い天然パーマだったこと、鶏ガラ体型だったこと、
醜かったこと。
たまに思い出すのは、「鼻が大きい」と指摘されたことだ。
それは仕方ない。元々くっついていたものであるので。
ただあんまり何度も言われるといい気はしない。
鼻はコンプレックスなのだ。
「うるさい!!」と声が出た。
「はぁ?なんでそんな言い方するの?絶交だわ」
そんな言い方も何も、煽ったのはそちらだろう。
しかし当時の私は驚いて思考停止してしまった。
本当にいじめが加速した。
有言実行。
「ブス」だとか「バカ」だとか、そういう言葉よりも
「気持ち悪い」「キショい」と言われるほうがこたえる。
キショいって何だ。よくわからんが傷つくなぁ。
雑巾で醜い顔をぐりぐり拭かれながら思ったものだ。
「いつか、いつか美人になって見返してやる。
全員ぶ○殺してやる」と。
その結果美人になったかといえば、まぁ、それは、ねぇ?
ただ、これは中学校の集まりだったが、成人式の集まりでは大変好評だった。
プロの化粧というのは素晴らしいな。
昔を知っている人に問いたい。
私は少しは綺麗になったかな?
人に見てもらえるような姿になれたかな?
まだまだだったら笑って、もっと頑張れって言ってね。
なんて。

 

 

「復讐に生きるなんてつまらない」と、素晴らしい人は言う。
本当にそうだろうか。
私は心のどこかに復讐を抱いて生きている。
あいつらより良い学校へ行きたい。
良い恋人と幸せになりたい。
美しくなりたい。
美人になりたい。
綺麗になりたい。
あいつらより、良い人生を送りたい。


私のこの醜い復讐心が何を生むのかはわからないし、普段からこんなことを思っているわけではない。
ただふっと、学校の図書館で没頭している時、気のおける人と穏やかに話をしている時、
化粧をして、少しだけ柔らかくなった髪を撫でた時、
醜い復讐心が頭をもたげる。
私は今幸せだ。
お前らはどうだ。
苦しんでいるか。
報いを受けているか。
私の呪いに気づいているか。
私はもっと幸せになってやる。
美しくなって、満足のいく人生をおくってやる。
こんなこと、人に言うべきではないのかもしれないけれど、どうしてもそう思う。
その、前向きな負の感情を否定されたら私は困ってしまう。
それは生きるための原動力で、
そうでもしなければ、弱い私は生きていけないのだ。
あの時全否定された「私」が幸せになることこそが最上の復讐なのだ。


さて、今私は、どのくらい復讐を果たせただろうか。